[まつむし音楽堂]通信

 2014年 立春号

 

●東京都知事選がすめば、2020年のオリンピックに向けて競技場や関連施設の新設、交通アクセスなど各種のインフラ整備が加速することでしょう。アベノミクスにさらなる期待がかかるところですが、1964年の東京オリンピックから6年後、大阪では「人類の進歩と調和」を掲げて国内のソフト資源を集積、史上最大の大阪万博が実現しました。

●当時「経済の大阪」はまだ健在でしたが、大阪万博以後、東京への一極集中が一気に加速、第一次オイルショックをへて、その傾向がより鮮明になったのです。その理由はかんたん。官公庁や大学が集積する東京の産業構造が、印刷、出版、放送、通信など第三次産業が多数を占めていたからです。その結果、大阪万博に貢献したソフト資源は、人材を含めて次々と東京に吸収される結果となってしまいました。

●有数のハイテク企業、伝統工芸が集積する京都とは異なり、大阪経済を牽引した繊維業界が凋落、道修町の薬種業界も外資に呑まれ、証券取引所が大阪を離れた今は、大阪はもはや経済で東京に対抗することはできなくなりました。大阪府を核に関西が一丸となって、産業構造や交通インフラをみなおす時期にきているのです。

●さて大阪が、かつて「大大阪(だいおおさか)」とよばれ賑わった時代をとりもどすことができるのでしょうか―。さいわい大阪府下には自然が残り、歴史資源にも恵まれています。これを活かして産官学民一体の取り組みをすれば、東京ばかりか国内外から人の流れを誘引することができるでしょう。

●アベノはその玄関口になります。まほろばの大和の国をはじめとして、吉野、熊野へは最短のアクセス、関空からは最も近い都心部となるからです。アベノに誕生した高層ビル「はるかす」の展望階からは、はるか紀伊半島に拡がる歴史資源が一望できるにちがいありません。

●「まつむし音楽堂」すぐ近くの大阪基督教短期大学(きりたん)。この敷地にはかつて料亭「松虫花壇」があって、織田作之助も後に妻となる女性と一泊しました。松虫界隈には、「天下茶屋」などの地名が残るように、お茶屋が多かったようです。茶屋には歌舞音曲がつきものですが、アベノを起点として「おもてなし」文化の来し方を探ってみてはいかがでしょう。

(和田高幸)

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