まつむし音楽堂通信

 2016年 盛夏号

 

●梅雨があけると、巷に聞こえてくるのは蝉(せみ)の鳴き声。地歌というか、ホワイトノイズのような通奏低音とでもいったらよいのか、日常とくに意識はしないものの、戦前戦後を超え遥か太古から存在する日本の夏の風物詩です。途切れることなく一定の音圧で響かせる蝉の大合唱は、ときおり、ユニゾンで進行する斉唱のようにも聞こえてきます。

●先日、出身校の同窓会で冒頭、後輩のオペラ歌手が「君が代」を独唱するのを聞いて、通常では儀礼的に用いられる国歌を、歌曲として聴くのもわるくないなと思ったものです。

●古歌に節をつけた歌は、かつては多くつくられましたが、国歌「きみがよ」もそのひとつといえるでしょう。「わがきみは」で始まる古今集の一首より採りこまれた「きみがよ」は、明らかに恋歌が原作となっています。

●「海ゆかば」(信時 潔作曲)も同様で、「わがきみ」を愛するがゆえ「おおきみ」のそばで眠りたいという、つよい願望を表現している歌でしょう。数多(あまた)の古謡に通底する感情は、おおいなる「母性賛美」ではないでしょうか。

●昨年秋、東京の第一生命ホールでデンマークの作曲家、クーラウの戯曲「妖精の丘」が公演(インターナショナル・フリードリヒ・クーラウ協会主催)されましたが、歌劇の最後の場面では、二組の恋仲たちの結婚をとりもつ寛容な国王を讃える歌が演奏されます。

●これが現代のデンマーク国歌となったわけですが、この歌が演奏されるやいなや、ヨーロッパからやってきた観客がその場で起立したのです。大勢の日本人の聴衆は、かるい驚きに見舞われたのではないでしょうか。外交儀礼は、お互いの国の存在を認め合うという民間マナーにも通じますが、かつてはありふれていた「きみがよ」を、歌えない人がいるというのは感心できませんね。

(和田高幸)

*わがきみは 千代にやちよに さざれ石の 
  巌(いわお)となりて  苔(こけ)のむすまで

(古今和歌集巻七賀歌巻頭歌、題しらず、読人しらず)

*海ゆかば水漬(みづ)く屍(かばね) 山ゆかば草むす屍
  大君(おおきみ)の邊(へ)にこそ死なめ かえりみはせじ 

(万葉集 大伴家持の作)

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