まつむし音楽堂通信

 2016年 晩秋号

 

●オーディオメーカーの草分け大阪音響(現ONKYO)の創業者、故五代武(ごだい・たけし)氏の娘、髙田八重子さんから約90年前のSPレコード数十枚がまつむし音楽堂に寄贈されました。ハイフェッツやエルマン、クライスラーなど名だたるヴァイオリニストの演奏もさることながら、映画音楽、ラテンやハワイアンなど、電蓄(電気蓄音機)時代のレコード文化を彷彿とさせる貴重なコレクションです。

●一分間に78回転という高速でターンテーブルをまわる25cmのSP盤に収録された音域(ダイナミック・レンジ)は驚異的です。レコード盤の溝をこする針から発せられるノイズはともかく、低域から高域まで、さらにピアニッシモからフォルテッシモまで強弱を忠実に再現するパワーを秘めています。吹き込み(録音)も一発勝負で、後から手を加えることはできませんから、演奏者の気魄が伝わってくるのも魅力の一つです。

●しかしSP盤は収録時間が短く4分程度と限定されるため、長い曲には向きません。そこで30cm LP(ロング・プレイ)盤の登場となるのですが、それでも片面が22分程度です。CDであれば長大な交響曲でも、レコードを裏返して針を上げ下げする手間もかからず、また針が摩耗することもありません。好きな楽章だけを繰り返し聴くのも自由です。時代は、ひたすら利便性を追い求めてきたのですね。

●街の電器屋さんでは最近、レコードプレーヤーが数多く陳列されているのを見ます。今や懐かしいTechnicsブランドが復活し、数十万円もするレコードプレーヤーの売れ行きが好調らしいです。人々の耳は、アナログの良さを再認識し始めたのでしょう。Technicsといえば、ホーン型スピーカーSST-1がニューヨーク近代美術館の永久保存品に選定されました。このスピーカーは、30万ヘルツの超音波を再生する能力があるそうです。もちろん耳には聞こえませんが-。

●わたしたちの耳には聞こえないとしても、自然界はいろいろな音であふれています。原音を忠実に再生したいというオーディオ技術がいくら進歩しても、その恩恵を受けるには、聴き手の知覚も向上しなければなりません。知覚能力が向上すれば、きっと「天空の音楽」も聴くことができるでしょう。

●ギリシャ時代、ピタゴラスは魂を浄めるために音楽を用い、病気や狂気は、人間が大宇宙の構造原理から外れるから起こると説いています。「天空の音楽」が聞こえないのは、わたしたち現代人が病気や狂気に冒されているためかもしれません。

●「ヂェシカ、お掛けよ、御覧。天の床は、まるで、きらきらした金の小皿を一ぱいにして敷並べたようだ。あのうちの一等小ちゃい星だっても、ああして空を回転する途々(みちみち)、天使のような美しい声をして歌を唄ふんだとさ。人間の霊魂だって、やっぱり然ういふ音楽を奏するんだそうだが・・・此の滅び行く汚い泥の衣物(きもの)に包まれているから、我々の耳には聞えないのだ・・・」(シェークスピア「ベニスの商人」坪内逍遥訳より)-。

(和田高幸)

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