まつむし音楽堂通信

 2015年 さつき号

 

●ひと昔前の「重厚長大」から「軽薄短小」へ、家電や通信機器はデジタル化により高品質でコンパクトなデザインに移行。今や身の回りにコンピュータが氾濫する社会となりましたが、コンピュータが人間の頭脳にとってかわるかどうかは、まだわかりません。

●1960年代後半、アポロ宇宙船の月面到達(1969)に先駆けて公開された映画「2001年宇宙の旅」(アーサー・クラーク原作/ スタンリー・キューブリック監督)に登場する木星探査機は、『完全無欠』を自認する人工知能「HAL」の「ミス」により乗組員たちが危機にさらされます。現在はすでに21世紀。コンピュータは、わたしたちの未来をもっともっと変化させることでしょう。

●手許にある「2001年宇宙の旅」のDVD(デジタル・リマスタリング版)を再生すれば、居ながらにして「月」や「宇宙船」を疑似体験することができます。鮮明な映像を「飛ばし見」できるのもデジタル技術の成果です。コマ切れの映像でも、かつて十代のとき映画館で見た印象を追体験できるのはすばらしいことです。しかし、残念なことに、音楽は「飛ばし聴き」することができません。

●映像にともなって流される音楽を聴くには、一定の時間が必要です。多少の「早送り」はできても、一定の長さ(ヴォリューム)を聴かないと、記憶に残らないばかりか感動することもありません。だからこそ、映画では音楽が重視されるのでしょう。キューブリックの作品には、クラシック音楽の象徴的なフレーズやリズムが映像のモチーフとして効果的に使われています。

●『2001年』におけるR・シュトラウスの交響詩「ツァラトストゥラはかく語りき」の冒頭部や軽快なウインナワルツ「美しく青きドナウ」。『時計仕掛けのオレンジ』で多用されるベートーヴェンの交響曲―。当時、キューブリックの映画をご覧になった方なら、映画館を出るなりレコード店へ駆け込んだという記憶をおもちではないでしょうか。

●コマ切れにつよい「映像」にはデジタル技術が向いていますが、いっぽう音楽には連続する物理量、つまりアナログが求められます。近い将来、アナログ時代のオーディオ技術が復権、デジタル技術と融合する可能性もあるでしょう。音楽の体験が、つねに時間と一体となっているというところに音楽の可能性、あるいは不可能性があるように思えます。  

(和田高幸)

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