まつむし音楽堂通信

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 2018年 師走号

 

●ことしも早や師走となりました。近づいてくるお正月に齢を重ねるのがめでたいのは、日本では伝統的に年長者が尊ばれてきたからでしょうね。長寿を全うすることが、人生の大きな目標であることに今でも変わりはありませんが、いずれ周りのほとんどが高齢者となる近未来の世の中では、大切に扱ってもらう機会は、必ずや少なくなることでしょう。

●それでは、高齢者が大切にされるためにはどうすればよいのか。いつ死のうとも家族に不自由させないだけのお金があればいいのでしょうか。介護の必要がなく、健康で自立した暮らしができればいいのでしょうか。年をとっても社会に貢献できる仕事につけばよいのでしょうか。しかし、世の中は優等生ばかりではありません。

●失業、疾病や事故、貧困、犯罪・・いわゆる負の連鎖と、わたしたちは隣りあわせです。しかも通常、自死はべつとして、死期を選ぶことはできません。事故であれ病気や過労による突然死であれ、とにかく死ぬまで生きるわけです。どんな死を迎えるか、これを完全に予測することはできません。

●ただ「死に方」には多少、選択の余地はありそうです。たとえば自分は「こんな死に方をしたい」というようなことです。もちろん、死ぬ直前までの「生き方」にもかかわってくるでしょう。生き切れば、「死に方」はおのづと決まってくるかもしれません。

●アシジのカトリック修道士、聖フランチェスコ(1182-1228)は臨終に際し『太陽の賛歌』の斉唱の下、地面に敷いた苦行衣の上に裸で横たわり「よくこそ来たれ、わが兄弟なる死よ!」と呼び掛けたそうです。

●「禅」文化を卓抜した英文で広く海外に普及、96歳の長寿を全うした鈴木大拙師(1870-1966)は、「90歳にならないと分からぬことがある。長生きするものだ」との言葉を残しています。人生の最期に大悟する「無知」に、「死」の本質が露われるのでしょうか―。

(和田高幸)

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